Chapter 1-3

ブルーは静かに目覚める。窓の向こうが赤い。朝日だろうか。

そうだ、男は朝になったら出て行けと言っていた。

ゆっくりとブルーは体を起こす。それほどの痛みは感じない。男の手当のおかげか、あるいは元々軽傷だったのか。おそらくどちらもだろう。

昨夜———いや、どれくらい眠っていたのかもわからないが、本来なら男にもっと感謝すべきだったのに、失礼なことを言った。それくらいの自覚を持つ冷静さをブルーは取り戻していた。この清潔ではないベッドも男のベッドだろう。おそらく男は自らの寝場所をブルーに提供してくれたのだ。傷が癒えるまで。

聞こえるのは相変わらず波の音ばかりだ。

ブルーは歩き始める。部屋の扉を開く。そこは鬱蒼としたジャングルだった。空が赤く染まっている方角に向かってブルーは歩き始める。茂みをかき分けるとそこは砂浜だった。そして朝日だと思っていた赤は、オリシアの炎だった。ブルーは呆然とその炎を見つめる。

早く戻らなければ———。ひとりでも多くオリシアの人々の命を救わねばならない。浮遊機はどこに行ったのだろう。自分だけが不時着したとは考えにくい。ブルーはふらふらと海岸を歩き始める。

見つからない。戻りたい、オリシアに。

ブルーの背を朝日が照らしはじめる。その瞬間、ブルーが見つけたのは壕のような地下へと続く階段だった。

「……ここ」

思わず呟く。軍の遺構のようにも見えるその階段を導かれるようにブルーは降りていく。階段を下りたところに扉があった。それは木で作られたのであろう男の小屋とは違う、無機質な扉だった。軍施設の扉によく似ている。

ブルーは扉を開く。扉と同じように無機質な空間がそこにはあった。そして部屋の中央には明らかに浮遊機とわかる機体が2体、布を被せられ佇んでいた。

「……これは———」

一機に被せられている布をブルーは取り去る。

「浮遊機、なの?」

見たことのないタイプの浮遊機だった。

「ハァーッハ! そいつは浮遊機じゃねえ、飛翔機ってんだ」

突然背からかけられた声にブルーは振り返る。そこにはあの赤い髪の男が立っていた。

「す、すみません……あの、その勝手に入ってすみません……それから」

「気にすんな」

男はブルーの言葉を遮るように言うと、大きな伸びとともにひとつあくびをした。それから寝癖のついた頭をかきながら言った。

「……昼間はちょっと言い過ぎたと思ってよ」

「あ、いえ……私も」

「オレだって同じ状況におかれたら同じこと考えてたかもしれねぇってな」

そう言いながら男はゆっくり歩き始め、その機体の前に立った。

「いいんです……多分、私も同じことを言われたら怒ると思います」

「ハァーッハ!」

男が笑う。なにを笑われたのかわからないままにブルーは男を見つめる。

「これな、ブルーアウルってんだ」

「……ブルー……アウル……」

自らと同じ名前をつけられた機体をブルーは見上げる。

「オメェ、これに乗れりゃなんとかなるとか思ってんだろ?」

「……はい」

答えるとブルーは男に向かって勢いよく頭を下げる。

「お願いです! この機体を———」

「断る!」

はっきりと明確に男はそうブルーに告げる。

「……そう、ですよね……」

ブルーは頭を上げ、もう一度機体を見つめる。この機体さえあれば———……!

「ああ、だがな勘違いすんな! これ、動かねぇんだよ」

「……え!? どこも壊れてないように見えますが———」

その機体には破損など一切なく、丁寧な整備もされているように見える。

「飛翔機ってのは乗る人間が機体に適合してねぇと起動しねぇのよ」

「……適合? そんなことって……」

飛翔機という言葉には覚えがあった。父が言っていたのはきっとこの機体のことだ。

おまえの名は父さんの尊敬する人が

乗っていた飛翔機の名前からつけたんだ。

その蒼い機体にブルーは手を伸ばす。

お願い、どうか私に力を貸して。オリシアの人たちを助けたい。

そう願った瞬間のことだった。その蒼い機体にさらに蒼い光が灯る。

「……う、動いた……!?」

「いったいなにをどうしたってんだ……!」

「私はただオリシアを———みんなを助けたいから力を貸してって、ただそれだけを……」

光の灯ったブルーアウルをブルーは見つめる。

「ハァーッハ! 言ってることがアイツとおんなじだぜ」

男が笑う。その時、ブルーアウルのエンジンが唸りをあげた。その唸りが風を起こす。その風が隣の機体にかかっていた布を剥がした。

そこにあったのは紅い機体。男の髪の色よりももっと深い紅だった。

「おいおい、マジかよ。オレにも飛べってか!?」

そう言いながら男もまた紅い機体に手を伸ばす。

「……これは」

「ファイアバード……オレの機体だ」

愛おしげに男が紅い機体を撫でると、また紅い機体も光を灯し唸りをあげる。

「……どんな理由であれ、オレぁ死んでいいなんてことはねぇと思ってる。古ぃダチ公にもそう言った」

男はまるで睨むかのようにブルーを見つめると、静かに告げた。そして続ける。

「だから、一度だけ聞く。オメェは生きてたことを、今そこにいることを、どう思う?」

その問いかけにブルーも男を見つめ返す。

「今ここに生きていることに意味があると———私はまだ……いえもっと! 困っている誰かを救うことができます」

ブルーの言葉に男がニヤリと笑う。

「———行くぜ」

「え?」

「ハァーッハ! ひとりじゃ心細ェだろ? 一緒に行ってやるよ、ありがたく思え!」

「そんな———あなたを巻き込むわけには!」

「1人より2人! 2人より3人だ!」

男はそう言うとさっさと歩き始める。

「あの、ここには2人しか———」

「ガタガタうるせぇな! 行くぞ!」

「あ、あの———」

ブルーは男の背に声をかける。

そういえばまだ男の名も知らない。

「あん? オレか? オレぁ、アカ・シンク! いっちょぶっちぎるぜ!」

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「ヴァイオレットとブラック」
Coming soon !

Text by 金巻ともこ