Chapter 1-2
ブルー。
おまえの名は父さんの尊敬する人が
乗っていた飛翔機の名前から
つけたんだ。
ひしょうき?
あの飛翔機と同じように人を救うため
どこまでも高く飛べるように。
どこまでも。
私は飛ぶことができなかった。ごめんなさい、お父さん。
ブルーは目覚める。反射的に動こうとして、全身に激痛が走る。
「……痛ッ……」
「よお、起きたか?」
かけられた声に見開いたブルーの視界にいたのは赤い髪の男だった。生きていればブルーの父と同じくらいの年齢だろう。首にかけているヘッドホンから小さな音が漏れ聞こえている。ヘッドホンのコードの先には小さなカセットレコーダーがあった。それが腰のベルトについている。
部屋は狭く雑然としていてあまり清潔だとは言えなかった。ベッドも同じだ。ブルーの外傷には適切な手当が施されている。
「……私……生き残って……」
ブルーはゆっくりと体を起こすと自らの手を見つめる。あのとき、あの刹那、死ぬつもりだった。せめてあの紫とともに死ぬことができればと思った。でも、私は生き残ってしまった。
「少し休んで歩けるようになったら、さっさと出てってくれや」
男はそう言うとヘッドホンを頭にかけようとする。
「……オリシアは……オリシアはどうなりましたか?」
ブルーは男に問いかける。男がヘッドホンをかける手を止めた。
「知らねえなあ、海辺から見りゃ燃えてるのはわかるが、ここにゃテレビもラジオもねえからな」
「そうですか……」
ブルーはそこでようやくうつむいていた頭をあげる。
「すみません、失礼しました。助けていただきありがとうございます。私はブルー・サーニ。オリシア軍の———」
「あんたが軍人だってことは見りゃわかる」
「……はい、あ、あの……あなたは?」
「俺ァ、タダのオッサンだ。軍人様とは関わりあいたくねぇ。だからそんでいいだろ?」
「……はい……」
ブルーは答え再びうつむく。
街はどうなっただろうか。仲間たちで自分のように生き残っている者はいないだろうか。再び飛ぶことはできるのだろうか。あの紫色を誰か斃しただろうか。
「紫の悪魔……」
ぼそり、とブルーが呟いたのに、男の手が止まる。そしてひとつ大きく息を吐いた。
「ま、命があってよかったじゃねぇか」
命———そんなもの、いらなかった。
「生きていても……生きていても、帰る場所がなくなったら意味がないのです! あのとき紫の悪魔を倒すことができれば……私にもっと力があれば……せめて差し違えることさえできたら……!」
「くだらねぇな」
男が吐き捨てる。
「あなたになにがわかるというんです!?」
「……わかる気もねぇな。生きていたことを後悔するようなヤツを世話する余裕はねえ。朝になったら出て行け」
そうブルーに告げると、男はヘッドホンを頭にかけブルーに背を向ける。もうブルーの話を聞くつもりはないようだった。男が部屋から出て行く。
ひとり残されたブルーの耳に聞こえてくるのは波の音だけだった。
ごめんなさい、ごめんなさい、どうかみんな生きていて。
押し殺すようなブルーの嗚咽が波の音に重なる。
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Text by 金巻ともこ